「試作」だと思ってまずはさっくりつくってみる

ものをつくる時、完成形を一生懸命完璧にイメージした後に取り掛かろうとしがちですが、完成形はぼんやりしていても取り掛かることが実は近道だったりすることがあります。

自分で使用するものをつくるのであればまだ完成形のイメージはブレることが少ないですが、誰かにオーダーされたものであった場合何もない状態でその意向を探ることは容易ではありません。

それは、なにも試作品がない状態では指示さえできない場合があるからです。




ラックに並べられたたくさんの服の中からこれがいいと選ぶことはできますが、その選ばれた服を何もない状態からデザイン画に起こしてこれが欲しいのだ!とイメージを描けるか?といえばそうそう描けるわけではありません。
目の前に表現されてはじめてこれはなんか違うなぁとか、もう少し色が明るければ・・・などの抽象的・具体的なジャッジができるのです。
さらにその表出されたものも着てみて、きつかった、長かったなどの自分とフィットするのかという判断に時間をかけないとわからないフェーズもあります。

何もない状態で、これだ!とイメージを描けるのはその道の経験者だからです。
実際には何もないのではなくて頭の中にたくさんの経験値とケース・バイ・ケースがデータとしてあるのでこの生地でこの色・柄でこの型にすれば、こんなシチュエーションでこのような機能を発揮することができ、このような効果も見込めるなど多角的にたくさんの要素を組み合わせた結果ベストに近いイメージを早く描けるのです。

でもその経験値からなるショートカットは、多彩な経験を重ねないと見えないので通常なかなかその導き出された結果を理解することができません。実際に、失敗や「なにか違う・・・」を繰り返して模索するプロセスが必要になります。

オーダーしたものに対して最終的にジャッジをくだす人にとって、こんなはずではなかったというものにならないようにするためには、たたき台となる試作品の段階から一緒に話し合い、細かいジャッジをしながら進むのが遠回りのようですが実際には手戻りが少ないです。

完成形だけを見せても「いいねぇ!」と満足してもらえるようなお互いの経験値への理解があり信頼関係を直接築けていれば別ですが、お互いの人々の経験値を間接的に出しながらでないとつくれないものもあります。
そんなときには、完成形をいち早くつくることを目指さず未完成な試作として一度評価にさらしてみる。
完成形と満を持して見せたもののダメ出しは、お互いになんらかのダメージを受けます・・・(涙)
隙だらけの試作をさっくりつくり、意向を聴きながらいっしょに進むというのが、見えないものが見えてきてお互いに発見や学びがあり、愛着ある良いものが生まれ、楽しかったりします。